取り組み・イベント

当院では心肺停止患者に対しECMOを用いた体外循環式心肺蘇生(E-CPR)を積極的に導入しています。

日本では年間約10万人が心肺停止状態で病院に運ばれ、約6万人が心臓が原因であることが報告されていますが、元気に退院され社会復帰される患者さんは全体の約6%程度しかおられません。 当院では、特定の条件がそろっており脳蘇生の可能性がある病院到着時心肺停止患者さんに対し、経皮的心肺補助装置(va-ECMO)という人工心肺装置を導入しています。

はじめに

わが国では、消防機関、日本赤十字社などが中心となって、心肺蘇生(CPR : cardiopulmonary resuscitation)普及の取り組みを積極的に行ってきた。また、2004年7月より一般市民による自動体外式除細動器(AED : Automated External Defibrillator)の使用が認められ、AEDの設置が進んでいます。こうした取り組みによって、院外心停止傷病者の社会復帰率はここ数年で著明に改善してきています。[1]総務省消防庁の全国調査「心肺機能停止傷病者の救命率等の状況」[2]によれば、平成22年中の救急搬送された心肺機能停止症例は12万3095件で、うち心原性(心臓に原因があるもの)は6万8293件でした。そのうち、心肺機能停止の時点を一般市民により目撃された件数は2万4263件で、その1ヶ月後生存率は11.4%、社会復帰率は6.9%と報告されています。社会復帰率が改善しているとはいえ、院外心停止傷病者の社会復帰率は心停止を目撃された心原性心停止であっても10%以下と依然として低いのが現状で、たとえ蘇生に成功したとしてもその約半数は脳蘇生においては予後不良であり、そしてその医療費は長期に渡り且つ高額となります。今後、従来の『心肺蘇生』だけでなく、脳蘇生を意識した『心肺脳蘇生CPCR (cardiopulmonary-cerebral resuscitation)』が重要な課題となってきます。

図 総務省消防庁HPより :http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h22/2212/221203_1houdou/01_houdoushiryou.pdf

心停止から自己心拍再開までの時間の壁

院外心停止患者において、一般市民による一次救命処置(BLS : Basic Life Support)の重要性は言うまでもありませんが、胸骨圧迫だけでは十分な脳血流は維持出来ず、心停止から自己心拍再開(ROSC : return of spontaneous circulation)までの時間が長くなるほど生存率、社会復帰率は悪化していき[3]、心停止から25分以上経過してもROSCが得られなければ生存率及び社会復帰のチャンスは格段に低下します。[4] 当施設の医療圏である熊本市内にて救急隊への救急要請から当院搬送までおよそ25分経過しているケースが多いのが現状です。結果、病院到着時に心停止状態が継続している症例に関しては、そこから二次救命処置(ACLS : Advanced cardiac life support)を継続し、その後ROSCを認めたとしても脳蘇生としては予後不良な場合が多く、そういった症例は血行動態が不安定である事も多い為、数時間後に亡くなるケースが大多数です。院外心停止症例についての詳細な報告をしたSOS-KANTOの結果でも、病院到着時にROSCを認めない患者の予後は極めて不良でした。[5]

ECMOを用いた体外循環式心肺蘇生(E-CPR)

そこで近年本邦では積極的、かつ先進的な心肺脳蘇生法として来院時に心肺停止状態である患者に対し補助循環装置を迅速に導入する侵襲的心肺脳蘇生法が普及しつつあります。 経皮的心肺補助法(va-ECMO)とは、一般的に遠心ポンプと膜型人工肺を用いた閉鎖回路の人工心肺装置により、大腿動静脈から挿入したカニューレを経由し心肺補助を行うものです。

Philips[6]らが1983年に経皮的挿入可能なカニューレ及び遠心ポンプを組み合わせた閉鎖回路によるva-ECMO装置を考案、その後小型化も進み1990年代より急速に普及しはじめ、循環器領域だけではなく救急領域にも適応範囲を広げています。特に蘇生領域においてva-ECMOを用いた体外循環式心肺蘇生(E-CPR:extracorporeal-CPR)が本邦[7]や台湾等で積極的に試みられています。心原性心停止患者において通常のACLSによりROSCが得られない患者において、va-ECMOを迅速に導入することにより虚血に最も弱い脳循環を維持すると同時にva-ECMOによる急速な冷却による脳低体温療法早期導入により脳蘇生を最優先することが可能です。その後PCIで心筋梗塞等の心停止の原因治療をすることによりROSCを得ることが可能となります。[8]

当院でのE-CPRの適応

そういった背景の中当院でも2017年よりプロジェクトチームを立ち上げE-CPR体制の整備を開始しました。 当院での現在のE-CPRの適応基準は以下のとおりです。

    当院でのE-CPRの適応基準

  • 1. 初期波形VF/VT 目撃者あり、bystander CPRあり 
  • 2. 75歳以下(状況に応じて柔軟に対応)
  • 3. 心停止からva-ECMO挿入まで約60分以内にて可能な例
  • 4. 偶発性低体温や短い心停止患者は個別判断

但し、あくまで原則であり年齢等に関しては搬送時身元不明であることもあり、普段のADLも含めある程度見た目で判断しています。また、例外的に偶発性低体温症においては目撃、bystander-CPRに関わらず状況に応じて適応を検討しています。前述の如く、救急要請から病着までの平均時間は約30分であり、当院到着時にROSCを得られていない場合は心停止からすでに30分以上経過している症例が大多数です。

心停止から60分以内にva-ECMOを開始させるとなると病院搬送からva-ECMO開始までの時間(Door to va-ECMO)は20-30分以内が目標となります。 

当院での救急搬送受け入れは消防司令室からのファーストコールがまず救命医のホットラインに入ります。患者が搬送されてきたら救命医は蘇生リーダーとしてER担当医と共にACLSを継続、循環器医は蘇生行為には参加せずにE-CPRの適応を判断します。ここで蘇生に参加してしまうといつのまにか時間が経過してしまう事が多く、循環器医は病院前の情報や心原性心停止の可能性、現状把握等に徹し、迅速なE-CPR適応判断を優先するようにしています。 適応に躊躇したわずかな時間が、患者の予後を決定するといっても過言ではないからです。

そしてE-CPR適応と判断されると速やかに緊急カテコールとは別に設定したE-CPRコールを発動し、カテーテル待機医、院内各部署に連絡します。その後現場では2グループに分かれ、救命医は気道確保を含めたACLSを継続、循環器医は心臓カテ-テル室へ移動し、冠動脈造影及びva-ECMOの準備を開始しカテーテル室で待ち構えます。

ストレッチャーでのカテ-テル室への移動時は胸骨圧迫が不十分となりやすく、当院ではva-ECMO挿入までは自動心臓マッサージ器(LUCAS ®)を使用しています。va-ECMO導入後は冠動脈造影を施行し、必要があればPCIによる血行再建を施行します。va-ECMOによる熱交換器を使用し低体温療法も平行し早期の脳保護にも努めています。上記E-CPRの流れは救命医、循環器医、ER勤務医、ER看護師、臨床工学技士、放射線科技士とすべての職種の連携及び理解が不可欠です。当院では医師、コメディカル含め定期的なE-CPRのシミュレーションの施行及び各症例毎に合同検討会を施行し常に試行錯誤を重ね当院で施行可能な最良な方法を模索し続けています。

シミュレーションの様子

最後に

院外心停止症例においては一般市民に対するCPRの啓蒙、AEDの普及及び早期除細動が重要であることは疑いようのない事実です。しかし、BLS及び通常のACLSに反応しない症例においてE-CPR導入により救命及び社会復帰可能となる症例がいるのも事実です。但し心停止発症直後から病院搬送までの絶え間ないCPR及び病院搬送後速やかなva-ECMO挿入、低体温療法、冠血行再建による原疾患の治療とシームレスなChain of Survival(救命の連鎖)が不可欠であり、E-CPR開始のちょっとした遅れ、躊躇が脳蘇生の転帰に大きく関与します。

当院に搬送された心原性院外心停止患者においては社会復帰の可能性が少しでもあれば、上記の如く積極的な心肺蘇生:E-CPRを施行し、蘇生率ではなく社会復帰率向上を常にスタッフ全員で取り組んでいます。

チーム一丸となって

引用文献
  • 1.Mitamura H : Public access defibrillation : Advances from Japan. Nat Clin Pract Cardiovasc Med 2008 : 5 : 690-692
  • 2.総務省消防庁 : 平成22年救急・救助の現状. 2010 ;http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h22/2212/221203_1houdou/siryo_01.pdf
  • 3.Polderman KH, Herold I : Therapeutic hypothermia and controlled normothermia in the intensive care unit : Practical considerations, side effects, and cooling methods. Crit Care Med 37 : 1101-1120, 2009
  • 4.Oddo M, Ribordy V, Feihl F, et al : Early predictors of outcome in comatose survivors of ventricular fibrillation and non-ventricular fibrillation cardiac arrest treated with hypothermia: a prospective study. Crit Care Med. 2008 Aug;36(8):2296-301
  • 5.SOS-KANTO study group: cardiopulmonary resuscitation by bystanders with chest compression only (SOS-KANTO): an observation study. Lancet 367:920-926,2007
  • 6.Philips SJ, Ballentine B, Slonine D, et al : Percutaneous initiation of cardiopulmonary bypass. Ann thorac Surg 36: 223-5,1983
  • 7.Morimura N, Sakamoto T, Nagao K, et al : Extracorporeal cardiopulmonary resuscitation for out-of-hospital cardiac arrest : A review of the japaniease literature. Resuscitation. 2011 Jan;82(1):10-4.
  • 8.鹿野 恒 : 心肺停止症例と人工心肺(PCPS) 人工臓器 37(1), 38-43, 2008-06-15
  • 9.Peberdy MA, Callaway CW, Neumar RW, et al : Part 9 : post-cardiac arrest care : 2010 American Heart Association Guidelines for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care. Circulation 122 : S768-S786,2010
  • 10.Nagao K, Hayashi N, Kanmatsuse K, et al : Cardiopulmonary cerebral resuscitation using emergency cardiopulmonary bypass, coronary reperfusion therapy and mild hypothermia in patients with cardiac arrest outside the hospital. J Am Coll Cardiol. 2000;36(3):776-783.
  • 11.Wolff B, Machill K, Schumacher D, et al : Early achievement of mild therapeutic hypothermia and the neurologic outcome after cardiac arrest. Int J Cardiol 133 : 223-228, 2009.
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