〝縫わない〟ことで生まれるメリット 大動脈弁狭窄症にスーチャレス生体弁置換術
心臓の出口にある大動脈弁が正常に機能しなくなった際、その弁を切り取り、代わりの人工弁を縫合なしで置き換えられる新しい外科手術「スーチャレス生体弁置換術」を開始しました。
全身へ血液を送る力が弱まる「大動脈弁狭窄症」
心臓の出口にある大動脈弁が、動脈硬化などで狭くなり正常に機能しなくなることを「大動脈弁狭窄症」といいます。血液を正常に全身へ送り出せなくなり、軽症では自覚症状がありませんが、重症化すると突然死に至ることもあります。
軽症であれば投薬治療しますが、重度の場合は大きく2つの治療法があります。ひとつは、異常のある弁を外科手術で切り取り、人工弁に置き換える「大動脈弁置換術」。もうひとつは、カテーテルを血管から心臓内部へ通し、異常のある弁を内側から保護するように人工弁を留置する「経カテーテル大動脈弁治療(通称:TAVI)」です。
どちらの治療法を選ぶかは患者さんの状態次第ですが、当院では外科手術の選択肢の一つとして「スーチャレス生体弁置換術」を導入しました。年齢や体力、合併症などの理由で外科手術が難しい場合には「TAVI」を選択します。
手術が短くなり、血流もスムーズに
「大動脈弁置換術」では、従来は弁の周囲を20〜30針ほど細かく縫合していました。その縫合の代わりにステント(バネ)で生体弁(人工弁の一種★)を圧着させるのが「スーチャレス生体弁置換術」です。欧米で10年以上の使用実績があり、日本でも2018年12月に保険適用に。当院では今年2月から開始し、すでに7例の実績があります。九州地区での実施は当院含め8施設です。
「スーチャレス生体弁置換術」のメリットは、大きく3つあります。1つめは、手術時間の短縮。従来の正中切開手術で約50分要したものが20分ほど短くなり、約30分になりました。手術中は人工心肺を用いて心停止するため、少しでも短いほうが望ましいのです。また、骨を切らずに4センチほどの小切開(MICS)低侵襲手術で行う場合や、1カ所ではなく複数箇所で手術が必要な患者さんの場合は心停止の時間が1時間を超えるため、縫合に費やしていた20分に別作業ができるのは大きな意味があります。
2つめのメリットは大きな弁を取り付けられること。〝縫いしろ〟が不要になり、そのぶん大きな弁を取り付けられ、術後の血液の流れがスムーズになります。
★「生体弁」と「機械弁」
人工弁は「生体弁」「機械弁」の2種類があります。その名の通り「生体弁」は豚や牛などの生体組織が素材で、「機械弁」はチタンやカーボンなどが素材です。機械弁は耐久性が高く半永久的に使えますが、血栓ができやすく、血液をサラサラにする抗凝固剤を飲み続けなければなりません。抗凝固剤を飲むと、すぐ出血しやすくなったり血管も弱くなり、特に高齢になった際にトラブルが増えるため、当院では60歳以上の患者さんに生体弁を優先しています。
20年後のことまで考えておく
3つめのメリットは、将来的に再度手術が必要になった時、カテーテル治療を受ける選択肢が残ることです。生体弁は15〜20年の耐久性がありますが、例えば60代で大動脈弁狭窄症の手術を受ける際に「スーチャレス生体弁置換術」を選べば、80歳前後で再手術が必要になった時、カテーテル治療を選択できます。スーチャレスなら大きな弁を置けるため、その内側からカテーテルで弁を〝追加〟する余裕があるためです。もし最初にカテーテル治療を選択すると、再手術は難しくなります。
スーチャレス生体弁+小切開(MICS)で行う低侵襲手術
当院では従来より、患者さんの身体に負担の少ないMICS (Minimally(最低限な) Invasive(侵襲の) Cardiac(心臓) Surgery(外科手術))を行ってきましたが、この度MICS でのスーチャレス生体弁置換術を開始しました。通常、心臓外科手術では胸骨や肋骨を切開して手術しますが、MICSは骨を切開せずに、肋骨の間から特殊な器具を使って心臓にアプローチするようにした手術です。正中切開と比較してスーチャレスにより心停止の時間も短く低侵襲な治療となり、術後の痛みが少なく、リハビリの進行と社会復帰が早いメリットがあります。
MICS(小切開心臓手術)
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