5 問題は目標通りいかない時、バリアンス!
復習ですが、アウトカムが達成されない時をバリアンスと言います。治療が標準的に進んでいけば、全く問題ありません。つまり治療は順調に進んでいることになります。患者さんに「順調です」と言って安心させましょう。ただ、治療はある種の複雑な生物現象なので、実際はさまざまな想定内、想定外の事態がある確率で起こります。治療上、問題になるのはバリアンスが起こった時、つまり標準から外れた時です。外れたと言ってもその程度は様々です。パスではバリアンスが起こるのは想定内です。想定内だからこそ今までの経験や研究をもとにアウトカムの設定ができるのです。
でもバリアンスが起こったからと言ってすぐにパス中止と言うことにはなりません。普通は何らかの対処をして標準的経過に戻す努力をします。例えば術後1日目の発熱の許容値を37.5℃以下とします。患者の体温が37.6℃でも39℃でもバリアンスですが、対処が異なります。37.6℃だったらふつうは経過観察をします。もし39℃だったら解熱剤を投与し、原因を考えます。そして原因を特定するために、患者の症状や所見を取り、経過を詳細に検討します。さらに採血や画像診断が必要となれば追加のオーダーを行います。手術処置による組織のダメージのために術後は通常、発熱がみられます。いわゆる吸収熱で、これは生理的な反応ですので多かれ少なかれみられ、しかも個人差があります。例えばロボット支援前立腺全摘出術の場合、術後1日目ではほぼ9割の患者で37.5±0.5℃に収まります。3日目には平熱になるのが普通で、もしそれ以降に発熱があれば感染などの合併を考える必要があります。
バリアンスは標準からの逸脱ですが、これをネガティブに捉える必要はありません。大きく外れる時は別として、わずかな外れはほとんど問題になりません。ただ、こうした軽微なバリアンスが時に何かの前兆を表すこともあります。例えばショックの前兆として脈拍が亢進するなどは良く知られています。パスが無ければバリアンスと言う認識もありませんが、改善のプロセスに入ることはできません。
バリアンスは質管理の上でも重要情報と言えます。バリアンスの集計をし、バリアンスの対処法を検討し、的確な治療を追加することで合併症の早期発見や早期対処が可能になります。そうした意味でバリアンスが起こった時の記録は重要です。
車で知らないところに行くとき、ナビがあればすごく便利で安心感があります。指示された交差点を通り過ぎたり、工事で通行できなかったりなどの不測の事態が生じますが、なんとか修正しながらほかの道を選択して目的地に誘導してくれますね。パスも標準的な道(Pathway)を示してくれます。電子化が進みデータが集まれば、道を外れても別の道を教えてくれるようになるでしょう。