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戦争も医療もデータ駆動型

2月24日にロシアがウクライナに侵攻した。ロシアは特別軍事作戦と言っているが誰が見ても軍事侵攻で戦争だ。多くの専門家が2-3日でキエフ陥落と予測したが、ウクライナ軍の予想外の善戦で3月27日時点でも持ちこたえている。その主因を考えてみるとロシア側の通信状況が旧式、米英を中心としたNATOが詳細な軍事情報をウクライナ側に提供、さらに携帯式の対戦車ミサイルや地対空ミサイルが有効に機能しているなどがあげられる。要するにロシアは情報戦でかなり後れを取っているとみられる。一方でロシアは国内的には情報統制を強化しているが、こういう国から出る情報程フェイクが多く信頼できない。 

ロシアとウクライナの差が情報量の差であれば、正確な情報を大量に取得し、迅速に解析し現場にフィードバックする仕組みの差でもある。

九州大学医療情報センターの中島直樹教授が数年前の講演で「情報大航海時代」について話をされたが、そこでデータ駆動型社会 data driven society言う言葉を紹介された。要するにこれからの社会を動かす原動力がビッグデータであり、医療も、教育も、経済も、生活も、政治も、戦争も正確で大量のデータを駆使し、迅速に解析して現場を最適に動かす、そんな未来社会を予測させる言葉だ。今やこれは現実となりつつある。

医療プロセスも戦況と同じく常に流動的である。もちろん、原則論や定石は多くの研究者や臨床家がそれなりに作り上げてきたが、多くは経験と勘に基づいていた。経験や勘は重要で、患者さんの様子が何となくおかしいことを早めにキャッチすることができる。ベテランの味がここで発揮される(時にまちがいはあるものの)のだが、この勘を掘り下げて数値化し、経験豊富な医療者でなくても早めに察知できる仕組みができないかと思うのである。そうすれば個々の患者状態をきちんと評価でき、早めの対策が打てるのではないだろうか。

患者の状態は入院してから観察し始めるのが普通だが、本当は入院前から積極的に介入しておくことが重要である。機械学習によるePath事業の解析結果を見る限り、患者の治る要素を集約するとBMI、喫煙指数、口腔衛生、フレイルの四つはほぼすべての患者で影響度上位に来る。個々の薬剤や検査データよりも肥満、たばこ、虫歯、筋肉不足は患者を治りにくくするファンダメンタルな大きな要因だ。これらを放置して治療にはいるのは、戦争で言えば兵士の訓練、弾薬の確保、兵糧の調達と輸送、情報統制などをないがしろにして、いきなり戦闘に入るようなものだ。肥満は戦闘に際し余計な荷物を持つこと、タバコは心臓と肺と言うエンジンを傷めつけていること、口腔衛生は食事と言う燃料補給がきちんとできないこと、フレイルはそもそも行軍すら難しい状況だ。

救急患者の治療リスクが高いのは、準備ができてない、情報不足、治療内容を十分理解していないなど、不利な条件が重なるからである。訓練のつもりで参加したらいきなり実戦に放り込まれた若いロシア軍兵士のようなもので、救急治療の結果は思わしくない。

様々な解析を行うと、ロボットによる前立腺手術はほぼ完成域に近いと思う。長年この手術を開腹、鏡視下、ロボットそれぞれでみてきたが、時間とお金は多少かかるものの、出血量、痛み、発熱、合併症のどれをとってもロボットに勝るものは無いようだ。これに詳細なデータ管理が加われば、術後管理も含め医師も患者もほとんど負担は無くなるだろう。病気との戦いは永遠だが、ビッグデータ解析によって課題がより明確になり徐々に戦略と戦術が洗練されつつある。 

我々自身がすべきことははっきりしている。タバコを止め、毎日歯磨きをやり、筋トレをやって肥満を防止し、戦闘に備えることだ。次にやることは勘と度胸に頼る医療ではなく、データとエビデンスに基づいたしっかりとした医療プロセスを構築することだ。すべてをAIが決めることにはならないが、人的な負担とミスは確実に減り、みんなに余裕をもたらすことができればと期待している。

医療情報調査分析研究所所長 副島 秀久

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