8 集めたバリアンスを料理する!ブンセキ!
バリアンスは「ワルいこと」ではありません。多くの患者さんが辿る道・経路(path)、つまり標準から外れたことなので良い時も悪い時もあります。ただ、今までの医療管理ではこうした考えがなかったので、標準的なのか、そうでないのかの判断もまちまちで、正しい判断をするには経験の積み上げが必要でした。ただ、経験を積んでもその判断が正しいかどうかはわかりません。バリアンスを分析することによって、おおむね正しい方向だとわかってきます。さらに重要なことはこうした認識がチームで共有されていることです。パスに書かれている内容は今まで積み上げたデータを分析して改訂するということを繰り返し、さらに安全で有効で楽で費用も少ないやり方にブラッシュアップされていきます。みんなが知恵を集めて作り上げた料理のレシピみたいなものですね。
それでは集めたバリアンスをどのように分析すればよいのかを考えてみましょう。
まずは症例数ですが最低50例、できれば100例以上が望ましいと言えます。最近は比較的容易にデータが取れるようになったので、時に500-1000例位の分析も行います。多いほど詳細な解析が可能で、結果の精度も向上します。昔のようにバリアンスだけを集めてと言うより、DPCやレセプトなどから様々なデータを組み合わせて、分析に用います。
最初に、対象となる治療の在院日数、手術前・術後日数、退院日などを調べます。平均在院日数がDPCのⅡに近ければ全国標準と言えます。データ形式は手術日、投薬日、入退院日などのイベントが紐づいていると余計な手間が省けます。患者要因で治療に影響のある因子として年齢、性、BMI、喫煙指数、主な合併症である糖尿病、腎不全、認知症などもあると解釈がしやすくなります。
さてバリアンスの中で経過に影響を与える可能性があるものは一般的には発熱、疼痛、便秘、喫食量、年齢などでこうしたものは殆どすべての治療でルーチンの分析対象になります。加えてその疾患特有のバリアンスとして、ドレーン抜去、尿道カテーテル抜去、歩行開始日、循環動態、呼吸状態、などがあげられます。職種ごとに見れば抗菌剤・鎮痛剤・輸液などの薬剤の使用状況、リハの進行状況、手術時間や出血量・術者などの手術関連データ、検査の内容と回数など、分析の目的によって必要なデータを加えていきます。
コストのデータ分析には当該パスのDPCコード、手術のKコードがあると疾患対象が明確になります。これは多施設との比較の際には重要で、同じ名前のパスを使っていても実際には治療の対象が大きく異なる、あるいは偏っているなどがわかります。
実際130回以上のパス大会を通してみてみると、分析の目的は大きく3っつで、1)現行治療の妥当性検証による質・業務改善、2)新しい介入によるバリアンスの変化と効果検証、3)すべてのデータを含む網羅的検証による質・業務改善に分けられます。
1)は例えば現在やっている疼痛管理のやり方が本当に妥当かどうかを、NRS>4のバリアンスを集計し、平均何点なのか、鎮痛剤の対処法とその効果検証をやって、安全で効果的な鎮痛方法をパスに組み込むと言ったことをやっています。鎮痛は管理上重要で患者の不快もさることながら疼痛対処は労働負荷にもなります。疼痛は殆どの患者で多かれ少なかれあるので、基本的な鎮痛を行ったうえで、さらなる疼痛には注射や点滴で対処するという二段構えの対応が望ましいと考えます。
2)は例えば脳出血患者にある割合で発熱を訴える人があり、さらにその一部に肺炎を発症するケースがあることがわかり、遡って調べると口腔衛生がかかわっていそうだという感触を得ました。このためパス改定の際に口腔衛生と言うタスクを加え、その効果を検証すると口腔衛生を保つことで肺炎が減り、重症では死亡率も減るという結果を得ました。ガイドラインが新しくなった時もその妥当性を自施設である程度評価できます。
3)はやや膨大なデータになりますが、こうしたビッグデータがある程度扱える時代となったことを示しています。症例数を多く確保するには他施設で共同して集めるという組織的な研究になり、手続きがやや煩雑になりますがビッグデータを形成しやすくなります。解析の手法は機械学習、テキストマイニングなどで、これはある程度の専門知識とスキルが求められます。結果の解釈も専門家との詳細な議論を要すると言う意味で、学会レベルで取り組むような内容となります。
パスの究極の目標は医療の質を向上させることにありますが、より価値の高い医療にするには患者も医療者も社会にも負担が少ないやり方を取り入れていく必要があります。現在やっている医療がベストと言うことは決してありません。また、新しい技術が導入されれば医療管理の在り方も当然変わっていくべきでしょう。現在の日本社会が直面する課題でもある働きかた改革を達成するには本当に必要なタスクかどうかを検証し、必要度の低いあるいはほとんどないようなものはパスのタスクから外していくタスク リデュース、また他の職種に任せるタスクシフト、共同で行うタスクシェアなどをパス上で明示していくことが重要でしょう。