11 パス大会は大改善運動会
あなたがもし中小企業の社長なら、良い製品を安く早く作り他社に負けないような体制を作ろうと努力するでしょう。医療ではどうでしょう。病院では普通、品質を管理する部署はありません。病気は複雑な生体現象で質を管理することなどできないという考え方が、パスが普及するまでは一般的でした。それに、治療の責任はその指示を発する医師にあり、他の職種は医師に言われた通り動けばいいのだと言った捉え方も多く、質を管理するなどと言ったことは殆ど思いつかなかったのです。加えて質を上げたからと言って、診療報酬が上がるわけでもなく、今までのやり方を変えずにやってるほうが無難でした。
私が医療の質に関心を持ち始めたのはパスにかかわり始めてからです。治療の目標つまりアウトカムを明確に具体的に定めて、それを達成しようとすること、これこそが医療の質を上げる努力そのものだと気づきました。バリアンスが発生したらその要因を分析し、改善に結び付けます。今考えれば、当然と思われるかもしれませんが、この改善プロセスがきちんとできている病院は少ないでしょう。
確かに、医療の場合、患者要因も、社会要因も、組織要因もあり、治療成績を上げるにはさまざまなデータを集めて解析し、どこに問題があるかを検討してパスの内容を変えるという膨大な作業が必要で、昔は人海戦術で大変な労力を要しました。まずはデータがどこにあるか、どのように集めるか、誰がどのように解析するかなど様々な問題が発生します。でもこの改善の苦労こそ、医療内容を変え、医療の質を上げ、効率よい働きかたを実現する唯一の方法です。さらに、良い方法が提案されても組織全体にその方法が広まっていかなければ効果は薄いと言えます。一部署の個人の小さな工夫では組織はかわりません。良い提案を広くみんなで議論し、共有する場がパス大会でありわれわれの大事な仕事と言えます。
パス大会は原則2か月に一度の割合で開かれ、2023年末時点で134回を数えます。昔はパス大会の準備に相当の労力が要りましたが、現在はデータを収集する仕組みができたので、作業の多くはデータの解釈と言うことになります。そうすると数週間あれば準備可能です。
パス大会のテーマは広く、疼痛管理や薬剤使用、早期リハの効果、栄養管理などに加え日毎の収支構造など、経営に関するものも含まれます。医師、看護師だけでなく、多くの職種を含め、みんなで医療の中身を総合的に検討します。パス大会には外部の医療者も参加するので、地域を含めた医療改善にもつながります。これは2007年ごろにアメリカで提唱されたLHS(Learning Health System)の考え方に近く、むしろ先取りした形でした。LHSは簡単に言うと組織におけるPDCAサイクルを効率よく回し、質改善を進めていく仕組みですが、近年は大量のRWD(Real World Data)が迅速にとれるようになったので、そのサイクルの回転も速くなりました。ITの進化により世界中で医療の在り方がどんどん変りつつあります。この現象は教育、研究開発、政治などの分野でも進むでしょう。事実、IT研究、開発、教育、投資を進めた国と後れをとった国では所得や論文数で大きな差がつきつつあります。もちろん後者が日本です。はやり言葉としてのDXを叫ぶ向きもありますが、基本的な姿勢、つまり変化を恐れず創造していくマインドが求められていると思います。